FC2ブログ

『アナザー・ハッピー・デイ ふぞろいな家族たち』の足並み



『アナザー・ハッピー・デイ ふぞろいな家族たち』

 12月1日に公開する本作の一般試写会に、先日行ってきた。
 上映前に、『家族の絆』という普遍的なテーマを扱った作品ですとのアナウンスもあり、「どうせお涙頂戴の温かいファミリードラマだろうな」などと思っていたのだが、私の予想は良い意味で裏切られた!

「家族の絆ってステキねウフフ」などと呆けている生ぬるい内容の映画とは正反対だ!
 どちらかというと、「親戚の結婚式ってマジ退屈だよな……」みたいな感じで非常にリアルで冷めた鋭利な家族ドラマなのだ。

 あらすじはこんな感じ。

 別れた夫(見るからに権力者だぞコイツ!)との間に生まれた息子ディランの結婚式が行われるという。
 招待された元妻のリン(シリアス感マシマシなキャメロン・ディアスっぽいエレン・バーキン)は、現在の家族を連れて久々に祖父母の実家に向かった。
 だが、元夫のおニューの妻(ダイアン・クルーガーかと思ったらデミ・ムーアだった)のビッチ臭い態度や、親戚オバチャン達の野次馬根性、更には認知症の祖父に付っきりで味方になってくれない祖母に、リンとその家族達はモヤモヤイライラ……
 結婚式に娘は来るのか? 新郎がエスコートするのはどちらの母か? そもそも認知症の祖父は大丈夫なのか?
 他にも、個々の抱える悩みや問題が一人一人を追い詰めていく……果たして無事に結婚式を行うことは出来るのか……

 まず映画の主体となる家族の顔ぶれからして一筋縄ではいかない。
 主人公リンは情緒不安定で、別れた夫と話すにもセラピストが仲介していないとムリ。それでも必死に家族をまとめようとする彼女の努力がむなしい……。
 新しい夫との間に出来た二人の息子は兄がドラッグ中毒弟が自閉症というなんとも扱いの難しそうな顔ぶれ。
 更に、新郎の妹もいるのだが、元夫の確執からか自傷行為に悩んでいた過去がある
 祖母は祖母で、認知症の祖父のせいで神経が完全に参っていて、それ以外の余計な問題に頭を煩わされたくない様子。
 恐らくこの映画でマトモなのは新郎ディランと、リンの新しい夫リーだけだろう。だがこの二人はそこまで物語に関わってこない……ということは個々に問題を抱えた家族一行が、更に余計な問題を巻き起こすのが本作の主だったストーリーなのだ!

 特に際立っているのが、ドラッグ中毒の長男(ディラン含めると次男?)エリオット(『少年は残酷な弓を射る』のエズラ・ミラー)だ。
 彼はドラッグ中毒の他にトゥレット障害というのも抱えていて、感情的になると暴言と暴力に自制が効かなくなってしまう。
 リンとの口ゲンカ→張り倒しの流れは、長回しが上手く作用し「ああ、この家族終わったな……」という絶望感に溢れている。


 一体この映画、どういうところに着地するんだ……? と半ば不安にさせられながら観ていると、いつの間にかこの映画はエンディングを迎える。
「え? あれ、ここで終わり?」と観た直後は驚かされたが、思い返してみると確かにこの映画は家族の絆とやらを描いていることに気づいた。

 この映画が描く家族の絆とは? 続きは追記にて



 




 さてはて、家族の絆とは一体何なのだろうか。
 全編を通して、家族もしくは親戚であるはずの登場人物達は個々に抱えた問題で手一杯。全員が全員誰も自分をわかってくれない状態で、家族としての一体感はゼロ。
 しかし家族である以前に、彼らは一人の人間なのだ。自分の悩みは自分だけのものだし、解決方法がわからないから悩む。その答を家族の誰かが都合よく持っているなんて現実は、実際にはありえない。
 この映画は、そうしたシビアなリアリティの上で家族を描いている。

 でも、一人の人間として描きたいなら家族である必要性はないのでは? そう思うかもしれないが、この映画が描くのは、やはり家族の絆である。
 それも、絆という言葉から膨らむキャッキャウフフで笑顔に溢れたようなモノではない

 まず、家族を繋げているのは絆だけではない。母親はどうしても我が子が心配に思うが、当の息子はそれを快く思わない。生みの親、育ての親、嫌味な親戚、「家族だから」というどうしようもない根拠……それらはまるで鎖のように一人一人の人間を繋ぎとめている
 この映画は、そうした「家族」の持つ束縛的な一面を真摯に表現している。勿論そうした束縛を受けているのは子供たちばかりではない。
 とあるシーンで、主人公リンが必死に祖母の助力を得ようとするシーンも、家族であることが逆にプレッシャーとなっている象徴的な場面である。それがクライマックス直前の「どうして味方になってくれないの?」に繋がるのだから、これはもうどうしようもない。

 ただ、そうした負の一面をしっかりと見せるからこそ、所々に「家族ならでは」の温かさが滲み出ているのも事実。
 主人公リンが追い詰められている時に、ふとやってきた息子が肩を貸したりするシーンなどが特にそうだ。無言の場面だが、そこには確かに助け合おうとする家族の姿が映っている。
 こうした、何も言わない(もしくは気軽なジョークを交わし合う)シーンに、ふとした絆を垣間見せる監督の手腕には恐れ入る。
 ご都合主義や伏線の回収などに囚われず、ひたむきに「家族」そのものに向き合った映画は、かなり珍しい部類に入るのではないか。

『アナザー・ハッピー・デイ』は、「家族の繋がりが持つ二面性」を両立させるという神業を成し遂げた映画と言ってもいい。
 ラストシーンは、まさにその二つの側面が見事に融合した不思議な余韻を残すに違いない。
 普段は脳味噌が腹筋運動するようなアクション映画しか観ない私の心に、いつまでもこの映画は残り続けるかもしれない。
スポンサーサイト



Trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

まとめ【『アナザー・ハッピー】

『アナザー・ハッピー・デイ ふぞろいな家族たち』 12月1日に公開する本作の一般試写会に、先日行ってき

Comment

Post a comment

Secret


ランキング参加中

参加中!

検索フォーム

プロフィール

饂飩粉

Author:饂飩粉
 映画が大好きな大学生。実は特撮やアメコミなんかも好き。
 ブログは常に観た映画の中から印象深かった作品に絞って書いていくつもりです

twitter

ツイッターやってます

最新記事

カレンダー

12 | 2020/01 | 02
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム